カテゴリー: ガンダムの歴史ー人物編
ギレン・ザビをわかりやすくージオン公国総帥・大将
ギレン・ザビ
ジオン公国
ギレン・ザビは、ジオン公国公王・デギン・ザビの長男で、総帥・大将として事実上の最高指導者の立場にあった人物です。
若いころは、父デギンと共にジオン・ダイクンの思想に同調し、その革命運動の中心となって活躍しています。
IQ240の天才で『優性人類生存説』を発表、また、日本文化に興味があり、囲碁や庭園を趣味としていたと言われています。
ジオン死後、デギンが公王となりジオン公国を建国しますが、デギンは隠居状態となったため、政治的最高指導者となりました。
しだいにスペースノイドであるジオン国民こそが、最も優れた人種であるという考え(選民思想)を持つようになります。
この選民思想のもと、他のスペースコロニーに対する毒ガス攻撃や、コロニー落としを実行していきました。
父デギンとも考え方に違いが生まれるようになり、軽蔑するようになっていきます。
演説を得意とし、デギンからは同様に演説を得意とした「ヒットラーのしっぽ」と評され、その行動を危惧されました。
弟のガルマが亡くなった際には、デギンに反対して国葬を行い、そこでの演説は地球全土に放送されました。
ア・バオア・クーでの戦いの前にも、連邦軍に対し「あえて言おう、カスであると!」と演説しています。
デギンが、連邦軍との和平交渉に独断で動いた際、デギンを連邦軍レビル将軍とともにソーラ・レイにより殺害しています。
このことを妹のキシリアが知ることとなり、キシリアはギレンに射殺されました。
ギレンの死により、ジオン軍は指揮系統が停止し、ジオン軍は敗戦へと向かっていきました。
ギレン死後も、ジオン軍のカリスマとして、その考えを信奉する人たちは存在し続けました。
ギレンの思想は、エギーユ・デラーズのデラーズ・フリートやジャミトフのティターンズにも影響を与えています。
またネオ・ジオンのグレミー・トトは、ザビ家の正統な後継者として、ギレンの子であると自称したとも言われています。
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キシリア・ザビをわかりやすくージオン公国軍突撃機動軍司令・少将
2019年5月1日
ガンダムの歴史ー人物編
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w.sanbongi
キシリア・ザビ
ジオン公国
キシリア・ザビは、ジオン公国公王・デギン・ザビの長女で、兄・ギレンに次ぎ、実質的ナンバー2的な立場でした。
軍においては突撃機動軍司令で、ドズル率いる宇宙攻撃軍とともにジオン軍の中核を担っていました。
常にマスクをしていますが、その理由は明らかになっていません。
兄・ギレン同様若くから政治的野心を持ち、非情な性格で、ザビ家の行った多くの陰謀に関与したと言われています。
兄弟であるギレンやドズルとは対立することも多く、この関係性がジオン公国の行く末に影響していきます。
末弟・ガルマの死の責任を取ってドズルに左遷されたジオンのエースパイロット・シャア・アズナブルを引き抜きもしています。
自分でモビルスーツに搭乗することはありませんでしたが、地球でマ・クベとアッザムに乗る姿が確認されています。
ジオンのニュータイプの研究のため、フラナガン博士を中心とした「フラナガン機関」を創設しています。
このフラナガン機関がサイコミュシステムを開発、ニュータイプ専用モビルアーマー・ブラウ・ブロ、エルメスを開発しました。
一方で人工的ニュータイプである強化人間の研究も、フラナガン機関で行われいたとも言われています。
のちにシャアをジオン・ズム・ダイクンの子・キャスバル・ダイクンと気づいています。
しかしその後もキシリアは、ザビ家を恨んでいるかもしれないシャアを重用し続けました。
父・デギンが連邦との和平交渉に向かった際、ギレンは連邦のレビル将軍と共に「ソーラ・レイ」でデギンを殺害しました。
このときキシリアは直接ギレンのところに行き、ギレンを射殺、ジオン軍の総司令として指揮をとりました。
しかしこの出来事によって、ジオン軍の指揮系統が混乱、ジオン軍は劣勢となりました。
そしてジオン軍の敗戦が濃厚となったため、キシリアは脱出を試みます。
このときジオングでガンダムに敗れ死亡したと思われていたシャアが現れ、バズーカ砲を受け死亡しました。
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