消防士に中学生がなるには
消防士に中学生がなるには
火事の際、火を消したり、
人命救助する仕事です。
消防士になるには、採用試験に合格する必要があります。女性もいますが、現状、ほとんどが男性です。
消防士と似たような名前の職業に、消防団員、消防官があります。
消防団員は、それ自体を職業としているわけではなく、普段は別の仕事をして火事が起きたときに出動します。
消防官は、消防士と同じ意味として使われますが、消防士が公式な言葉になります。
消防士というと、消防車に乗って火事の火を消しに行くイメージがあります。
しかし、救急車に乗って、病院などに病人、けが人を運ぶ場合の方が圧倒的に多いようです。
他にも小学校での防災訓練の指導や、そもそも火事が起きないように指導する仕事もあります。
消防士には、どの学歴でもなれるようです。
高校卒か、大学卒かで受ける試験が異なりますが、仕事内容は基本的には同じです。
ただし、多くの一般の会社もそうですが、大学卒で入ったほうが、管理職につける可能性は高いようです。初任給も違います。
明確に消防士になりたいことが決まっているなら、消防士の専門学校もあります。よって高校は普通科を選びます。
職業上、当然ですが、身体能力が高くないといけないので、運動部へ入ります。身体能力だけでなく、体力も必要です。
大学で習ったことが直接活かせるような職業ではないので、学科は好きなことが学べるところを選んでいいかと思います。
ただ実際消防士になるには、かなり高い倍率なようなので、試験のために予備校に通う人も多いようです。
採用試験に合格後は、半年間、消防学校に行って必要な知識や、道具の使い方を学びます。
それ以降、仕事の幅を広げるために、さまざまな資格を取ることができます。
救急車には「救急救命士」の資格を持った人が必要になります。他にも「消火設備士」や「防火管理者」などの資格もあります。
レスキュー隊で活躍する人もいます。なるには、入隊試験があるようです。
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新井白石とはー中学歴史の教科書 新登場人物2
2017年9月11日
社会, 歴史教科書 新登場人物
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w.sanbongi
新井白石とはー中学歴史の教科書 新登場人物2
教科書では、「正徳の治」を行った人物として初登場します。
新井白石はもともとは浪人で、朱子学者の木下順庵のもとで学びました。
その才能を認められ、順庵の推挙により甲府藩主・徳川綱豊(つなとよ)に仕え側近となります。
その時の将軍・徳川綱吉には世継ぎがいなかったため、綱吉の兄の子である綱豊が将軍家の世継ぎとなりました。
そして第6代将軍になると綱豊は徳川家宣(いえのぶ)と名を改め、綱吉時代の大老格・柳沢吉保(よしやす)を隠居させます。
また大学頭の林信篤(のぶあつ)に代わって、甲府藩時代の側近の新井白石や間部詮房(まなべあきふさ)を採用しました。
こうして新井白石は政治の表舞台に登場することになりますが、ただの旗本が政治の中心に入るのは異例のことでした。
新井白石は、先代将軍・徳川綱吉の政治を否定し、生類憐みの令を早々に廃しました。
正徳金銀を発行し、貨幣の質も元に戻して、貿易額を制限しました。
幕府の儀式を整え、朝鮮通信使の接待を簡素化する政策(朝鮮使節待遇問題)で、幕府の出費を抑えていきました。
また皇室においては、閑院宮家(かんいんのみやけ)を新しく創立しています。
当時の宮家は、伏見宮家・京極宮家・有栖川宮家の3家でしたが、これに加えて天皇の第8皇子直仁親王を立てて創立しました。
のちにこの閑院宮家から天皇が出ており、これが今の天皇まで続いています。
これらは、家宣死後の第7代将軍・徳川家継のときまで行われ、この新井白石の政治を「正徳の治」と言います。
しかし家継が亡くなり、第8代将軍に徳川吉宗がつくと、白石は失脚し、その政策は吉宗によってくつがえされました。
新井白石は多くの書物も残しており、徳川政権の正統性を述べた『読史余論(とくしよろん)』があります。
他にも『古史通(こしつう)』や白石の自伝『折たく柴の記(おりたくしばのき)』などがあります。
※教科書とは、東京書籍発行の「新しい社会」を指します。
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