投稿者: w.sanbongi
デギン・ザビをわかりやすくージオン公国公王・ギレン,キシリア,ドズル,ガルマの父
デギン・ソド・ザビ
ジオン公国
デギン・ソド・ザビは、ジオン・ズム・ダイクンともにサイド3独立を果たした人物で、ジオン公国の公王です。
ジオン共和国ができた際には、国防大臣となり、国の軍事力強化に努めています。
のちに首相となったジオンと対立し、ジオン共和国は「ダイクン派」と「ザビ派」に分裂します。
その後、ジオンが急死したため、2代目の首相に就任しています。しかし国名まで変えることはできませんでした。
ジオンの死は、デギンによる暗殺説が有力ですが、詳しくはわかっていません。
デギンは首相就任後、ただちにジンバ・ラルらダイクン派を粛清、自ら公王となり、ジオン共和国はジオン公国となりました。
そしてジオン公国は独立を求め、地球連邦に対し宣戦布告、一年戦争と呼ばれるジオン独立戦争が始まります。
ただしデギンにとってこの戦争の目的は、あくまで地球連邦と対等な立場で、独立を認めさせるためのものでした。
そしてデギンは、子であるギレン、キシリア、ドズルに全権を譲り、政治にはあまり関わらないようになっていきます。
実権は長男であるギレンが握るようになり、ギレンとの間に考え方の違いが生まれ、対立するようになっていきました。
ギレンは一年戦争によって、地球連邦を倒し、地球圏全体の支配をジオンを中心と行おうと考えました。
また最後の子であり、デギンが溺愛したガルマが戦死した際も、デギンは密葬にしようとしました。
しかしギレンは国葬を行い、ガルマの死を政治的に利用したことから、その関係はさらに悪化していきました。
ギレンを「ヒットラーのしっぽ」と評しその危険性を感じ、戦況も悪化したことから、デギンは連邦との講和を図ろうとします。
そして自らの船であるグレート・デギンに乗り込み、そのときの連邦軍総司令官・レビルとの和平交渉に向かいます。
このときギレンは、グレート・デギンの存在を知りながら、超大口径レーザー兵器「ソーラ・レイ」を発射します。
デギンとレビルはソーラ・レイの直撃を受け、ともに亡くなりました。
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『解体新書』をわかりやすくー前野良沢・杉田玄白・ターヘル・アナトミア
2019年1月16日
歴史で太字ではないけど知っておきたい用語
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w.sanbongi
解体新書
かいたいしんしょ
江戸時代
1774年刊
『解体新書』とは、ドイツ人医師クルムスが書いた『解剖図譜』のオランダ語訳『ターヘル=アナトミア』を翻訳したものです。
医学書としての功績だけでなく、日本最初の本格的翻訳書としても価値のあるものでした。
罪人の解剖を見学した前野良沢と杉田玄白が、『ターヘル=アナトミア』の正確さを目の当たりにしたのが始まりです。
なおこのとき杉田玄白はオランダ語が読めず、前野良沢が少しのオランダ語の知識がある程度から、翻訳が始まりました。
挿絵(さしえ)はエレキテルで知られる平賀源内の紹介により、秋田藩の武士で画家の小田野直武が描いています。
『解体新書』と言うと、その後『蘭学事始』で『解体新書』の翻訳について書いた杉田玄白のイメージが強いかもしれません。
ただ実際の翻訳の中心は多少のオランダ語の知識もあったことから、前野良沢によって行われたと考えられています。
しかし前野良沢は『解体新書』の翻訳の精度に納得できず、著者の名前の中に自らの名前を入れませんでした。
よって『解体新書』が世に出た時は、前野良沢が翻訳に関わっていたという事実は知られていませんでした。
翻訳の際に使われた「神経」「動脈」「十二指腸」などの言葉は現在でも使われています。
また前野良沢・杉田玄白の弟子である大槻玄沢(おおつきげんたく)は、江戸で芝蘭堂(しらんどう)という塾を開いています。
他にも蘭学の入門書『蘭学階悌(らんがくかいてい』を書いたり、新元会(オランダ正月)を開催したことでも知られています。
ちなみに玄沢という名前は、杉田玄白・前野良沢の名前から一次ずつ取ったとされています。
さらにその弟子には、最初の蘭日辞書『ハルマ和解』を作った稲村三伯(いなむらさんぱく)がいます。
このように『解体新書』は、のちの医学・蘭学の発展に大きな影響を与えた作品となりました。
上記に書いたことは2018年のNHK正月時代劇でドラマ化もされています。
ここに書いた人物だけでなく、他に田沼の政治で知られる当時の老中・田沼意次(おきつぐ)も登場します。
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