酪農家に中学生がなるには
酪農家に中学生がなるには
農業の中でも主に牛を飼って、
牛乳やバター、チーズを作る職業です。
酪農家になるために、資格は必要ありません。ただし専門的な知識や技術を身につけていないと、できない仕事です。
農業系の高校でそれらは学べますが、大人になってから、酪農家になろうとする人も多いです。
酪農が盛んな市町村や農協(JA)のサポートのもと、酪農家になることもできます。
よってまだ迷いがあるなら、必ずしも農業系の高校を選択しなくても酪農家になれる可能性はあります。
中学生の時点で酪農家になるという意志が固まっている場合は、農業系の高校に進みます。
実際に牛などの飼育をしたり、専門用具の使い方などを学びます。
ちなみに農業高校と言っても、卒業後は全員が農家になるわけではありません。
農業とは関係のない一般企業に就職する人も、たくさんいます。
実家が酪農家の場合を除いて、高校卒業後は、多くの場合どこかの牧場で経験を積んで、酪農家として独立することになります。
また、酪農家と言っても、経営の知識や化学、生物の知識を生かして、幅広く仕事をすることもできます。
よって、高校卒業後は農業系の大学に進むという選択肢もあります。
特定の資格は必要ありませんが、自動車免許は持っていたほうがいいです。
また、専門的な資格を持っていると、人に頼まなくても自分ですることができるなどのメリットがあるようです。
酪農家として独立の際は、最初の資金と土地が必要です。自営業である以上、失敗することもあります。
牛中心の生活になるので、休みが必ずしも保障されません。その辺はしっかり覚悟したうえで、目指す必要があります。
酪農家の一日を紹介したホームページ、ブログなどを参考にして、シミュレーションしてみるのもいいかと思います。
また、酪農以外の農業の仕事をして、兼業農家として働いている人も多いです。
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徳川慶喜がしたことー歴史で中学生が覚えておきたい徳川将軍7
2017年10月23日
社会, 教科書に出てくる『西郷どん』の登場人物, 覚えておきたい徳川将軍
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w.sanbongi
徳川慶喜
とくがわよしのぶ
第15代将軍
1837年~1913年
教科書では、大政奉還をした江戸幕府最後の将軍として登場します。
徳川慶喜は御三家の1つ水戸徳川家の生まれです。水戸徳川家は第2代徳川光圀(水戸黄門)が有名です。
御三卿の1つ一橋家を継いだため、一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)という名前で登場するときもあります。
第14代将軍の後継ぎ問題の際にも、名前が出てきますが、このときは徳川家茂が将軍になっています。
このとき慶喜は、将軍後見職(しょうぐんこうけんしょく)として将軍の補佐役の任についています。
松平春嶽(まつだいらしゅんがく)と、参勤交代の短縮などを行います(文久の改革)。
徳川家茂が亡くなると、再び将軍にと名前が上がりますが、この時は拒否します。
約4か月拒否し続けましたが、まわりの強い説得により第15代将軍となります。
いろいろな改革を試みましたが、このころ徳川幕府は再生不可能なほど弱体化していました。
そして薩摩藩と長州藩が武力によって、徳川幕府を倒そうとしていると徳川慶喜は考えます。
このため土佐藩のすすめた大政奉還を行い、先に江戸幕府自体をなくしてしまいました。
このことは教科書にも記述されていますが、徳川慶喜は幕府に代わる新しい政権で、主導権を握ろうとしました。
しかし、薩摩藩・長州藩が朝廷を動かして、王政復古の大号令を出し、天皇を中心とする政府が作られました。
その後、旧幕府軍と新政府軍との間でおこった鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍が敗れます。
徳川慶喜は朝廷に従うことを示し、静岡にて謹慎(きんしん)しました。
明治時代になり、謹慎解除後も隠居(いんきょ)生活を送っていましたが、明治35年に、貴族院議員に就任しています。
その後再び隠居、大正2年まで生きました。
写真雑誌に投稿するほど写真が趣味で、ひ孫も現代で写真家として活躍しました。
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