地方公務員に中学生がなるには
地方公務員に中学生がなるには
主に市役所などで、事務をする仕事です。
ただし、どこで働くかで仕事の内容は、異なります。
公務員として市役所で働きたい場合、資格は必要ありません。
公務員試験を受けて、採用されればなれます。受ける試験は違ってきますが、高校卒、大学卒どちらからでもなれます。
ただ一般企業に就職するのと違い、学科試験が重視されます。ただし、最近は昔より面接を重視するようになりました。
どちらにしろ、高校3年間しっかり勉強して過ごさなければなりません。
高校は普通科を選びます。コースは文系コースにします。
市役所で何をするかにもよりますが、一般的にイメージする市役所勤めの事務職の公務員は、文系出身者が多いです。
ただし、市役所で技術職の仕事をしたい場合、文系大学出身者からではまず無理です。
逆に理系大学出身者が、市役所で事務職につくことは可能です。
大学の勉強とは別に公務員試験の勉強をしなければいけないので、大変ではありますが。
市役所で働きたいが技術職の仕事をしたいという思いがあるなら、理系コースの方が後の選択の幅は広がるかもしれません。
大学に進学する場合は、どの大学からでも公務員試験を受けることはできますが、難易度の高い大学に越したことはないです。
また、公務員試験対策を売りにしている大学を選んでもいいかもしれません。
それ以上に大事なのは、学部選びです。
基本的にはどの学部に行っても、公務員試験の講座をとるか、予備校に通うことになります。
試験に専門的な法律関係の問題や経済関係の問題が出題されるので、法学部、経済学部が有利です。
文系でも文学部など他の学部の場合は、理系の人が事務職を目指すのと同じように別に学ばなければならないので苦労します。
高校生の段階で大学卒で市役所で働きたいと思っているなら、法学部か経済学部を選ぶのがいいかと思います。
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徳川家斉がしたことー歴史で中学生が覚えておきたい徳川将軍5
2017年10月9日
社会, 覚えておきたい徳川将軍
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w.sanbongi
徳川家斉
とくがわいえなり
第11代将軍
1773年~1841年
教科書では、化政文化のときの将軍として名前が登場します。
江戸城で相撲観戦をしたため、当時大相撲(おおずもう)が人気になったことが記載されています。
徳川家斉(いえなり)は、もとは御三卿(ごさんきょう)の一つ、一橋家の人物です。
第10代将軍徳川家治(いえはる)の息子が亡くなったことにより、跡取りがいなくなったため、家治の養子になりました。
その後家治も亡くなったため、15歳で将軍になります。
御三卿とは、第8代将軍徳川吉宗が作ったもので、田安家、一橋家、清水家を指します。
将軍家、御三家すべてに将軍の後継ぎとなる人物がいない場合は、この御三卿から将軍候補を出していました。
50年という長期政権だったこともあり、その間にはいろいろな出来事がおこっています。
田沼意次(おきつぐ)の代わりに老中の筆頭として松平定信(さだのぶ)を任命し、寛政の改革を行わせました。
しかし寛政の改革は抑圧(よくあつ)が強く、しだいに徳川家斉と松平定信は対立、結果、解任しています。
将軍を息子の徳川家慶(いえよし)に譲った後も、大御所(おおごしょ)として実権を握ります。
この時代を、大御所時代といいます。
年号では文化・文政時代に当たるため、このころの文化をまとめて化政文化といいます。
晩年には、天保の飢饉(てんぽうのききん)とそれに伴う大塩平八郎の乱も起こっています。
69歳で亡くなり、その政治は老中水野忠邦(ただくに)によって否定され、天保の改革へとつながっていきます。
徳川家斉は、子供が53人もいたことで知られており、ネットで調べるとこれに関連する記事が多数出てきます。
子供が53人いたということは、奥さんもたくさんいたということになります。
松平定信が大奥の経費を大幅削減したことも、解任理由と言われています。
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