バナナマンとはーお笑い第四世代
バナナマン
設楽統(したらおさむ)
日村勇紀
お笑い第四世代
バナナマンは、設楽統と日村勇紀のコンビです。コントがメインです。
世代的にお笑い第四世代と数えられる場合が多いですが、ここ最近で最も活躍しているコンビです。
出会いは大人になってからで、共通の知人を通じて、コンビ結成に至りました。
設楽が渡辺正行の運転手をしていたこともあり、当初はウンナン・爆笑問題などを出したラ・ママで活躍しました。
当時人気だった『ボキャブラ天国』には自らの意志で出演せず、その後も舞台を中心に活動していました。
2000年代も活動を続けていきますが、特に注目されるようになったのは『内村プロデュース』ではないかと思います。
ウンナンの『イロモネア』にもずっと出演し、3回100万円を獲得しています。
とんねるずの『みなさんのおかげでした』にも準レギュラーに近い形で、出演していました。
ダウンタウンらが出演する『リンカーン』も、レギュラーではありませんでしたが、多数出演しています。
このように第三世代の下で活躍することが多く、2009年には、日村が19番組、設楽が13番組と多くの番組に出演していました。
そして2012年以降になると、自らが中心となる番組が増えていきました。
『YOUは何しに日本へ?』『せっかくグルメ』『ソノサキ』などで司会を務めています。
コント日本一を決める『キングオブコント』では、松本人志、さまぁ~ずらとともに審査員を務めています。
『NHK紅白歌合戦』宣伝部員、また副音声のコーナーもよく知られています。
個々では、設楽は、フジテレビの情報番組『ノンストップ』の司会を務めています。
また俳優としても活躍、TBSのドラマ『流星の絆』などでの印象が強いかと思います。
日村は、太った見た目が特徴で「ブサイク芸人」の代表格でもあります。ただし結婚しており、奥さんはアナウンサーです。
ものまねを得意とし、「子どもの頃の貴乃花」がよく知られています。
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前九年合戦をわかりやすくー源頼義・清原氏VS安倍氏
2018年8月13日
歴史で知っておきたい戦争
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w.sanbongi
前九年合戦
ぜんくねんかっせん
平安時代
1051年~1062年
教科書では、東北地方の武士どうしの争いをきっかけにした大きな戦乱のひとつとして、書かれています。
前九年合戦は、『保元物語』『源平盛衰記』『太平記』などに出てくる名称・前九年の役でも知られています。
前九年とありますが、合戦は9年ではありません。源頼義の参加から9年だからとも言われていますが、定かではありません。
当時、陸奥においては、有力豪族で俘囚の長である、安倍氏が大きな力を持っていました。
俘囚(ふしゅう)とは、蝦夷の帰順同化したものです。
そして阿部氏が朝廷への貢物をしなくなったため、陸奥守・藤原登任が安倍氏を攻めますが、敗れました。
こうして代わりに源頼義が陸奥守、鎮守府将軍となり、安倍氏の長・安倍頼時(よりとき)と関係を回復させました。
しかし、源頼義の部下が、安倍頼時の子・安倍貞仁の夜討ちにあったという情報が流れ、関係は再び悪化しました。
こうして合戦となり、頼時は鳥海柵で戦死、その後、源頼義とその子・源義家は頼時の跡を継いだ安倍貞仁に敗れています。
これに対し、源頼義は東北の豪族・清原氏の助けを借りることで、立場を優位にしました。
その後は、源頼義側が優勢のまま、前九年合戦は終了、安倍氏は滅亡しました。
前九年合戦における源頼義・義家親子の活躍は、源氏が東国で勢力を確立するきっかけとなりました。
またのちには、その一族である源頼朝、足利尊氏が征夷大将軍となり、それぞれ鎌倉幕府、室町幕府を開いています。
彼らが征夷大将軍になったのは、源頼義・義家が俘囚の長である安倍氏を討ったこの前九年合戦からきています。
また、前九年合戦の活躍により、清原氏は鎮守府将軍となり、奥羽で大きな力を持つようになります。
安倍頼時の娘は、清原氏にその子どもとともに引き取られ、清原氏の清原武貞と再婚しています。
このとき引き取られた子が、後の藤原清衡(きよひら)で、平泉を拠点に奥州藤原三代の栄華を開きます。
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