カテゴリー: いろいろな現代の歴史
ラルク アン シエルをわかりやすくービジュアル系の歴史
L’Arc~en~Ciel
hyde(ボーカル) ken(ギター)
tetsuya(ベース・リーダー) yukihiro(ドラムス)
ラルク アン シエルは、ビジュアル系で第2位の売り上げを誇るバンドで、日本を代表するロックバンドでもあります。
正式には、ローマ字表記ですが、カタカナによる表記も多く、ラルクと省略されて呼ばれる場合も多いです。
作詞は主にhydeが担当、作曲は全員行いますが、kenとtetyuyaの作品が多いです。作曲者により、曲の雰囲気も異なります。
代表曲には、「虹」「Winter fall」「HONEY」「snow drop」「Driver’s high」などがあります。
ただしリーダーのtetsuyaがビジュアル系と呼ばれることを否定しているため、この枠組みには入れないことも多いです。
YOSHIKI主宰のビジュアル系のフェス「VISUAL JAPAN SUMMIT」に、hydeの参加が決定した際、大きな話題となりました。
しかしラルクとしては、参加しておらず、もともとYOSHIKIと繋がりもないので、LUNA SEAやGLAYとは立場が異なります。
大阪のバンドで、tetsuyaが中心となり結成、別バンドのボーカルだったhyde(ハイド)を誘い、大阪で活動します。
その後東京に活動を広げたころ、ギターのkenが加入し、1994年、メジャーデビューしています。
1995年には、日本武道館でコンサート、1996年『True』でオリコン1位を獲得するなど、順調に活動を続けていきます。
しかし、このころ、当時のドラマーが逮捕される事件がおき、一時活動休止を余儀なくされています。
そして、ドラマーにyukuhiroを加え、活動を再開、その後出したシングルはすべて大ヒットし、大メジャーバンドとなります。
アルバム『ray』『ark』はオリコン1位2位を独占し、2日で25万人を動員するライブも成功させています。
2001年に入ると、メンバーそれぞれが個人活動をするようになり、ラルクとしての活動は行われなくなりました。
解散説も流れましたが、2003年活動を再開、その後はソロ活動と並行して、ラルクとしての活動が行われています。
2008年には、東京、大阪を含む世界7都市でツアーを行い、2012年にも。世界の14都市を廻るツアーを行っています。
『NHK紅白歌合戦』には、計5回出演、CMソングなど数多くのタイアップ曲があります。
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黒夢をわかりやすくービジュアル系の歴史
2018年9月30日
ビジュアル系の歴史
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w.sanbongi
黒夢(kuroyume)
清春(ボーカル)
人時(ベース)
黒夢は、ビジュアル系で第5位の売り上げ記録を持つバンドです。
代表曲には、「BEAMS」「Like @ Angel」「Spray」「少年」「MARIA」などがあります。
当初は3人でしたが、全盛期は2人で、見た目や曲調も異なったことから、ビジュアル系バンドに含まれないこともあります。
他のバンドとは違い、時代の流れに逆行するスタンスをとり、黒夢の影響を受けてミュージシャンになった人も多いです。
メンバーの出身地である岐阜県で結成、名古屋を中心に活躍しました。
当初は派手な衣装で、過激なパフォーマンスでしたが、その傾向は徐々に薄まっていきます。
よって、初期のみビジュアル系とするものもあります。ただこの傾向はどのバンドにも言えることではありますが。
アルバム『feminism』でオリコン1位となりますが、このアルバムのレコーディング中に、ギターが失踪しています。
その後もメンバーを増やさないで2人で活動を続けます。『BEAMS』がCMで使われ、その知名度を上げました。
当初はテレビにも出演していましたが、途中からほとんどテレビには出なくなり、ライブ活動が中心となりました。
また見た目や曲調も、そのときによって異なり、特にパンク調の曲で、男性ファンが急激に増えました。
しかし、清春と人時の関係が悪化、そして全盛期に人時が脱退を申し出、無期限活動停止となりました。
実質解散状態でしたが、2009年1月29日に一夜限りの復活・解散ライブを行い、正式に解散しています。
しかし2010年1月29日に清春のもう一つのバンドsadsとともに、活動再開が発表されました。
2011年1月29日、新宿ステーションスクエアで行われたシークレットライブは、1分で中止となり、ニュースになりました。
活動再開後は、シングル、アルバムも作成され、「イナズマロックフェス」や「氣志團万博」にも参加しています。
そして、2014年に行われたデビュー20周年ツアー後、再び活動を休止しています。
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