カテゴリー: 知っておきたい中国史
三国時代とはー歴史で中学生が知っておきたい中国史
三国時代
さんごくじだい
曹丕・劉備・孫権
日本:弥生~古墳
教科書では、邪馬台国の説明のところで魏・蜀・呉に分かれて争ったことが記述されています。
『三国志』魏書に当時の日本について書かれた記述があります(魏志倭人伝)。
三国時代に関しては、日本で最も人気のある時代で、漫画、小説、ゲームまで幅広く作品化されています。
中国史は詳しくないけれど、この時代だけは詳しい人もいるかと思います。
建国者のほかにも関羽、張飛、趙雲、諸葛亮、呂布、周瑜、陸遜、司馬懿(しばい)など魅力的な人物が多数登場します。
魏は曹操(そうそう)、蜀は劉備(りゅうび)、呉は孫権(そんけん)によって建国されます。
当初曹操が圧倒的でしたが、赤壁の戦いで劉備・孫権の同盟軍が曹操に勝利し、それ以降三国時代になっていきます。
ただし、その後も国力は魏が他の2国と比べると、圧倒的にありました。
よって魏の建国から隋の中国統一までを、魏晋南北朝時代とも言います。
曹操は魏王となりましたが、皇帝にはならず、その子の曹丕(ぶんてい)が皇帝となり、漢を滅ぼしました。
その後、蜀は劉備、関羽、張飛、諸葛亮を亡くし、有力な人物がいなくなり、魏に滅ばされます。
その魏はそのとき大きな力を持っていた司馬一族の司馬炎(しばえん)が奪い取ります。
そして晋(しん)という国を建国し、魏も滅びます。呉はその晋に滅ばされました。
有名な『三国志』は、この晋の時代に陳寿(ちんじゅ)という人物が書いた作品です。
一般的に知られている三国志は正式には『三国志演義』といい、千年以上先に書かれた明の時代の作品です。
蜀の劉備を中心に描かれ、魏の曹操が悪の親玉みたいな感じです。
基本的な歴史的事実からそれてはいませんが、脚色があったり、架空の人物も登場します。
晋も長くは続きませんでした。晋に関しては、教科書本編では登場しません。
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南北朝時代とはー歴史で中学生が知っておきたい中国史
2017年10月7日
社会, 知っておきたい中国史
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w.sanbongi
南北朝時代
なんぼくちょうじだい
日本:古墳時代
晋(しん)滅亡後、中国の南を中心に司馬一族の司馬睿(しばえい)が晋を再建します。
よって、最初の晋を西晋(せいしん)、南にできた晋を東晋(とうしん)と言います。
北では、5つの民族、合計16個の国ができたり、滅んだりを繰り返しました。
これをまとめて五胡十六国(ごこじゅうろっこく)と言います。ただこのときのことは中学の教科書では触れられていません。
次の南北朝時代については、ほぼ時代の記述のみ教科書では登場しています。
ちなみに日本にも南北朝時代と言われる時代があるので、混乱しないようにしましょう。
南朝とは、東晋の次にできた宋(そう)・斉(さい)・梁(りょう)・陳(ちん)を指します。
三国時代の呉、東晋とこの4つの国はすべて建康(けんこう・建業)を首都とし、この6つを総称して六朝とも言われます。
ここで発展した文化は六朝文化(りくちょうぶんか)と呼ばれ、仏教が栄え、詩・書・画が発達します。
詩人では、帰去来辞(ききょらいのじ)で有名な陶淵明(とうえんめい)が知られています。
日本の平安文学に影響を与えた昭明太子(しょうめいたいし)が編者の『文選(もんぜん)』も有名です。
書家では、「書聖」と称せられた王義之(おうぎし)、「画家」は画聖と称せられた顧愷之(こがいし)がいます。
北朝とは、北魏・東魏・西魏・北斉・北周を指します。
北魏は鮮卑の一部族である拓跋氏(たくばつし)が建国した国で、6代皇帝の孝文帝が有名です。
北魏はその後、六鎮の乱で東魏と西魏に分裂、その後それぞれ北斉、北周に滅ぼされます。
そして北周が北斉を滅ぼし、中国の北を統一します。
教科書の地図には、宋と北魏のころのものが載っています。このころの日本は倭です。
北朝では楊堅が、北周を奪い取り隋を建国します。そして南朝の陳を滅ぼし中国全土を統一、南北朝時代は終焉を迎えます。
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