高校からの就職と普通科と専門学科
高校からの就職と普通科と専門学科
高校卒業後の進路は、高校生になってから決めると考えている人も多いかともいます。
しかし選んだ高校によってその先の進路に影響することもあるので、できたら中学のうちに考えておきたいです。
ここでは高校から就職する場合について、書きたいと思います。
なお私自身の経験で書いているところも多いので、古い考え、情報だったらごめんなさい。
高校卒業後に就職を考えている人は、多くは専門学科を選びます。
基本的に高校からの就職は、高校に求人してくる企業から選びます。
学んだことを活かす就職先ばかりでなく、全く関係ない地元企業の応募もよくあります。
例えば農業科に行っても、農業に関する就職先ばかりから選択するわけではありません。
普通科から就職する人もいます。昔は高校入学後に、進学コース、就職コースと選ぶ普通科もよくありました。
しかし今は昔と比べて進学率が高いので、普通科の場合、就職に対する体制が整っていない高校もあるかもしれません。
普通科から就職を考えている人は、その学校の就職状況をよく調べておいたほうがいいです。
高校卒業後に就職する場合は、地元企業に就職する場合が多いです。
大学卒で地元企業に就職する場合も多いですが、その場合、基本的には総合職になるので、転勤ありきです。
例えば地元の銀行系に就職した場合は、転勤と言っても結局地元で働くことになります。
しかし、全国にあるような会社の場合、遠方の勤務になる場合もあります。
大きい会社の場合、全国転勤ありかなしか、もしくはエリア限定転勤などで別々で雇用する場合もあります。
ただ出世したいなら全国転勤は必須です。
もし、地元に有名大企業がある場合は、高校卒で就職するほうが入りやすい場合もあります。
その企業内で比べると大学卒とは給与に違いはありますが、全国的に見れば大学卒以上に給与がもらえる場合も多いです。
大学卒で就職する場合は有名大企業となると、有名大学からの希望者も多いため、就職するのはかなり厳しくなってきます。
というより有名大企業に大学卒で入りたいなら、高校生の段階で有名大学を目指すべきでしょう。
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聖武天皇とはー中学生が覚えておきたい天皇・上皇5
2017年11月8日
社会, 覚えておきたい天皇・上皇
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w.sanbongi
聖武天皇
しょうむてんのう
701年~756年
東大寺の大仏を造る
教科書では光明皇后とともに仏教の力に頼って、国家を守ろうと考えたと紹介されています。
聖武天皇は大宝律令を制定した文武天皇(もんむてんのう)の子で、首皇子(おびとおうじ)といいました。
このころは藤原氏の力が強く、中臣(藤原)鎌足の子の藤原不比等(ふじわらのふひと)が大きな力を持っていました。
聖武天皇の皇后である光明皇后(こうみょうこうごう)は不比等の子、つまり鎌足の孫にあたります。
聖武天皇の母親も不比等の娘で、つまり母親と奥さんが姉妹ということになります。
藤原不比等死後は、天武天皇の孫にあたる長屋王(ながやのおう)が力を持ちます。
しかし長屋王は、後に自害しています(長屋王の変)。
長屋王の邸宅は1988年に発掘され、教科書にもその豪邸が載っています。
長屋王の変ののち、光明皇后が即位しますが、このとき初めて皇族出身でない人物が皇后になりました。
その後は、光明皇后の兄の橘諸兄(たちばなのもろえ)が大臣となり政権を握ります。
これに対し、藤原一族の藤原広嗣(ひろつぐ)が反乱を起こします。
この政治的不安から、聖武天皇は遷都(せんと・都をうつすこと)を繰り返します。
さらに聖武天皇の時代は、食料不足、地震、伝染病など多くのトラブルに巻き込まれた時代でした。
このような背景のもと、聖武天皇はそのあらゆる不安をしずめるために、仏教の力に頼りました。
また教科書ではわかりにくいですが、墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいのほう)も聖武天皇のとき、出されたものです。
国分寺建立の詔や大仏造立の詔を出し、さらには総国分寺の東大寺をつくり、仏教国家を具体的な形にしていきます。
しかし、聖武天皇は東大寺の大仏が完成する前に出家してしまいました。
天皇の位は、娘である孝謙天皇(こうけんてんのう)に譲っています。
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