カテゴリー: 社会
古墳時代・飛鳥時代ー歴史で中学生が太字ではないけど知っておきたい用語
古墳時代・飛鳥時代ー歴史で中学生が太字ではないけど知っておきたい用語
※青字はクリックすると、別ページに詳しい説明があります。
※太字は教科書の太字の語句です。
前方後円墳 円形の墳の端に方形の墳をくっつけた形の古墳。大型の古墳はすべてこの前方後円墳である。
最大の前方後円墳は、大阪府堺市にある大仙古墳(仁徳陵古墳)で、世界的にも最大級の墓。
埴輪 素焼きの焼き物で、筒やつぼの形をした円筒埴輪と家、人物、動物の形をした形象埴輪がある。
南北朝時代 中国で南北に分かれて対立が続いた時代。南朝は宋、斉、梁、陳、北朝は北魏、東魏、西魏、北斉、北周。
高句麗 紀元前後に朝鮮半島におこった国。好太王(こうたいおう)の時が全盛期で、日本とも戦っている。
稲荷山古墳 埼玉県にある前方後円墳。「ワカタケル大王」の名を刻んだ鉄剣が出土する。
江田船山古墳 熊本県にある前方後円墳。「ワカタケル大王」の名を刻んだ鉄刀が出土する。
倭の五王 讃(さん)・珍(ちん)・済(せい)・興(こう)・武(ぶ)を指す。『宋書』などに記載されている。
須恵器 渡来人により伝えられた、高温で焼かれたかたくて黒っぽい土器。主に祭りに用いられた。
法隆寺釈迦三尊像 聖徳太子の死後、妃や皇子が止利仏師(とりぶつし)に作らせた金銅の像。
大化 日本で初めて使われた年号。もとは中国の前漢に始まる。天皇の即位や災いがあったときに改元された。
長安 中国の古都で、現在の西安。唐の時代には人口100万人の大都市に。平城京は長安を参考につくったとされる。
白村江の戦い 唐・新羅連合軍に滅ぼされた百済を助けるために、日本が朝鮮半島に軍を送るが大敗した戦い。
戸籍 班田収授・氏姓確認のための基本台帳。天智天皇が初めて庚午年籍(こうごねんじゃく)と呼ばれる戸籍をつくった。
ただし庚午年籍は現存していない。なお教科書では、奈良時代のページで太字として、再登場します。
藤原京 大和三山に囲まれたところに持統天皇がつくった最初の本格的な都。中国を参考に王城を中心に整えられた。
平城京に遷都するまでの16年間続いた。平城京に遷都後、焼失されたとされるが、その痕跡は発見されていない。
日本 持統天皇のころから「日本」の国号が用いられるようになった。それまでは「倭」「やまと」であった。
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新古今和歌集(鎌倉時代)ー歴史で中学生が知っておきたい作品
2018年1月8日
社会, 歴史で知っておきたい作品
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w.sanbongi
新古今和歌集
しんこきんわかしゅう
鎌倉時代
藤原定家ら
後鳥羽上皇の命によってつくられた8番目の勅撰和歌集で、『古今和歌集』から始まる八代集の最後の作品になります。
『新古今和歌集』は1205年編集、全20巻で、八代集では最も多い2,000近くの短歌がのっています。
撰者は藤原定家、藤原家隆、源通具(みちとも)、六条有家、飛鳥井雅経(あすかいまさつね)、寂蓮の6人です。
命じた後鳥羽上皇も、編集に深く関わっていたと言われています。
『万葉集』とそれ以後の勅撰和歌集に採用されなかった歌から、選ばれました。
歌風は新古今調と呼ばれ、情趣、技巧に富んだものでした。
初句切れ、三句切れ、体言止めを多用することにより、幻想的、絵画的なものを産み出しています。
有名な古い歌の1句か2句を取り入れて作る、本家取りも特徴の1つです。
代表歌人は、藤原定家、藤原家隆、藤原俊成、西行、慈円、式子内親王、寂蓮、後鳥羽上皇などです。
藤原定家は、撰者の1人でもあり、新古今調を大成した人物です。
『小倉百人一首』の撰者でもあります。
藤原家隆は、藤原定家とともに当時を代表する歌人です。死ぬまでに約6万首、歌を詠んだと言われています。
藤原俊成は、定家の父であり、家隆の師匠に当たる人物です。後白河上皇の命により、『千載和歌集』を編集しています。
西行(さいぎょう)は、「新古今和歌集」に最多の94首がのっている僧侶です。『山家集』という自身の歌集もあります。
慈円(じえん)は、慈鎮(じちん)とも言い、関白九条兼実の弟で、天台宗最高位にもなった僧侶です。
『愚管抄(ぐかんしょう)』という歴史書の作者としても知られています。
式子内親王は、後白河天皇の第三皇女で、女性では最多となる歌がのっています。定家と深い関係にあったと言われています。
寂蓮は、藤原俊成の養子で、『新古今和歌集』の撰者の1人ですが、完成する前に亡くなりました。
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