カテゴリー: 社会
日本書紀(奈良時代)ー歴史で中学生が知っておきたい作品
日本書紀(奈良時代)ー歴史で中学生が知っておきたい作品
にほんしょき
奈良時代
舎人親王
教科書では、神話や伝承、記録などを基にした歴史書として『古事記』とともに紹介されています。
『日本書紀』は『古事記』とほぼ同時期に作られた歴史書で、それを命じたのも同じ天武天皇です。
編集の中心は天武天皇の第3皇子である舎人親王(とねりしんのう)です。
全30巻で、1,2巻は神話、他は時代の流れに沿って、代々の天皇が行ったことが書かれています。
内容は『古事記』と同じところも多いですが、『古事記」と『日本書紀』では始まりの神が違います。
終わりは『古事記』は推古天皇まででしたが、『日本書紀』は持統天皇までのことが書かれています。
『古事記』が天皇を神格化するために国内向けに書かれたのに対し、『日本書紀』は海外向け(中国向け)に書かれています。
そのため神話的な部分において『日本書紀』に載せる必要がないものは、カットされています。
『古事記』は伝統的なことを含む事実として存在する物語なので、「記」を使います。
『日本書紀』は歴史にそって事実を記録したものなので、「紀」を使います。
『古事記』と『日本書紀』を合わせて、『記紀』と表現することもあります。
最古の正史としての歴史書は『日本書紀』になり、天皇家で代々伝えられてきたものです。
そして『日本書紀』から『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』の6つの正史を、
六国史(りっこくし)といい、全て中国の歴史書のように漢文・編年体(年代を追って出来事を記述する方法)になっています。
『古事記』ではほとんど触れられていない聖徳太子ですが、『日本書紀』にはたくさんの記述があります。
外国のことに関しては『古事記』は一切触れられていませんが、『日本書紀』には朝鮮半島の記述があります。
『日本書紀』は歴史書、『古事記』は物語なので、古事記の方が読むにはおすすめです。
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桓武天皇とはー中学生が覚えておきたい天皇・上皇6
2017年11月15日
社会, 覚えておきたい天皇・上皇
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w.sanbongi
桓武天皇
かんむてんのう
737年~806年
平安京へ遷都する
教科書では、政治の混乱を新しい都で立て直そうとし、長岡京、平安京と都をうつした人物として紹介されています。
桓武天皇は教科書にあるように政治の混乱の中、天皇になっています。
桓武天皇の母親は、身分の低い百済系の渡来人の血筋でした。
百済(くだら・ひゃくさい)はかなり前に滅亡、日本に移り住んだ人がたくさんいました。
さらに代々続いていた天武天皇の血を、引いていない人物でもありました。
よってもともとは天皇になる位置にはいなかったのですが、他の天皇候補が誰もいなくなったので、皇太子になりました。
これによって天武天皇の血筋が途絶え、この後は天智天皇の系統が現代まで続きます。
聖武天皇が仏教に頼った政治を行って以降、仏教勢力の力が増しました。
桓武天皇は仏教と政治を切り離すために、平城京から離れる、つまり遷都(せんと)を実行しました。
最初は長岡京に都をうつしましたが、その造営を任された藤原種継(たねつぐ)が射殺される事件が起こります。
さらに、この事件が原因で皇太子である早良親王(さわら)が廃位され、亡くなるなどの事件にまで発展しました。
よって再度794年に都をうつしました。この都が平安京です。この出来事を平安遷都といいます。
坂上田村麻呂を征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)にしたのも、桓武天皇です。
坂上田村麻呂も、百済から渡来した人の子孫と言われています。
桓武天皇のとき、最澄(さいちょう)と空海(くうかい)が遣唐使として中国に行き、仏教の新しい教えを日本に伝えています。
その他にも勘解由使(かげゆし)を設置し、国司交代の不正を防ぎました。
健児の制(こんでい)を導入し、農民を兵にするのではなく、志願兵を採用しました。
このようにさまざまな政治改革を行い、そして天皇のまま、70歳で亡くなりました。
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