中学生が知っておきたい公立高校と私立高校
中学生が知っておきたい公立高校と私立高校
公立と私立の違いは、まずその経営システムの違いにあります。
公立は都道府県または市が、運営しています。県立も市立も公立です。私立は個人が運営しています。
公立は税金によってその運営の多くを支えられていますが、私立には基本的にはありません。
よって授業料などに差が出てきます。私立高校の場合、公立高校の2.5倍くらい授業料などに費用が掛かります。
ただし特待生制度などを使って、かなり軽減できる場合もあります。
公立は税金で成り立っているため、簡単に設備を新しくはできません。見た目がかなり古く見える学校も、多数存在します。
よく言われるのが、エアコン、トイレの違いです。ただこれらは一概に公立、私立だからとは言えないところもあります。
私立は他と違った面を見せていかないと、経営が成り立たないため、公立にはない施設を持った学校も存在します。
公立もそうですが、私立は特にイメージも大切なため、スポーツに力を入れているところも多いです。
私立では、スポーツや芸能などの活動に考慮したクラスを持っている高校もあります。
部活動なども、公立にはない部活動があったり、遠征があったりもします。修学旅行も海外に行く高校もあります。
習うことは、公立では中学ほど均一ではありませんが、普通科か専門学科の違い以外は、基本的には同じようなことを学びます。
私立も多くの学校は基本的に公立と大きく変わらないですが、学校によって特色のある授業をしているところもあります。
私立ではキリスト教や仏教を母体にした学校もあります。ただそれを気にして入る学生は多くはないとは思いますが。
私立は地元の私立大学と関係性がある場合も多いので、地元の大学に確実に入りたいなら、私立の方がいいとも言えます。
先生は公立の場合、中学と同様、春に異動があるので、先生で高校を選ぶのは難しいかもしれません。
これに対し、私立は異動がありません。よって部活動などで気に入った先生がいれば、ずっと見てもらえる可能性が高いです。
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後鳥羽上皇とはー中学生が覚えておきたい天皇・上皇10
2017年12月20日
社会, 覚えておきたい天皇・上皇
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w.sanbongi
後鳥羽上皇
ごとばじょうこう
1180年~1239年
承久の乱
教科書では、鎌倉幕府を倒そうと承久の乱をおこしたが敗れ、隠岐に流されたと紹介されています。
後鳥羽天皇は、高倉天皇の子つまり後白河法皇の孫にあたり、4歳で天皇に即位しています。
このとき、平家が安徳天皇といっしょに天皇の証である三種の神器を持ち去っていたため、神器なしで即位しました。
このことを後鳥羽天皇はずっと気にし続け、その後の後鳥羽天皇の行動に影響を与えたとも考えられています。
後白河法皇が生きている間は、法皇の院政、その死後は関白の九条兼実(くじょうかねざね)が実権を握っていました。
その後、九条兼実の勢力は朝廷を追われることになったため、後鳥羽上皇となり、院政を行うようになりました。
後鳥羽上皇は文武両道の人物で、武芸にも優れた能力を持ち、朝廷の軍事力も強化しています。
鎌倉幕府の3代将軍源実朝とは、うまく関係を築いていきますが、その実朝が暗殺されてしまいます。
そして将軍の後継問題などで、朝廷と幕府の関係が悪化していきます。
こうして後鳥羽上皇は、執権の北条義時を討つために承久の乱をおこします。
当初は、朝廷側有利と思われました。
しかし、幕府側は源頼朝の妻で、北条義時の姉である北条政子がその動揺を鎮めたと言われています。
朝廷側は思ったほど味方を得られず敗北、後鳥羽上皇は隠岐に流され、18年後にそのまま隠岐で亡くなります。
この事件後、朝廷の力は急速に弱まっていき、北条氏による執権政治が100年以上続くことになります。
後鳥羽上皇は歌人としても有名で、百人一首にも99番目に歌が選ばれています。
『新古今和歌集』の作成を命じており、その編集にも深く関わっていたと考えられています。
隠岐に流された後も、『新古今和歌集』を再編集をしており、これは「隠岐本新古今和歌集」といいます。
天皇家の菊の御紋は後鳥羽上皇が菊を好んで愛用したことが、始まりと言われています。
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