桓武天皇とはー中学生が覚えておきたい天皇・上皇6
桓武天皇
かんむてんのう
737年~806年
平安京へ遷都する
教科書では、政治の混乱を新しい都で立て直そうとし、長岡京、平安京と都をうつした人物として紹介されています。
桓武天皇は教科書にあるように政治の混乱の中、天皇になっています。
桓武天皇の母親は、身分の低い百済系の渡来人の血筋でした。
百済(くだら・ひゃくさい)はかなり前に滅亡、日本に移り住んだ人がたくさんいました。
さらに代々続いていた天武天皇の血を、引いていない人物でもありました。
よってもともとは天皇になる位置にはいなかったのですが、他の天皇候補が誰もいなくなったので、皇太子になりました。
これによって天武天皇の血筋が途絶え、この後は天智天皇の系統が現代まで続きます。
聖武天皇が仏教に頼った政治を行って以降、仏教勢力の力が増しました。
桓武天皇は仏教と政治を切り離すために、平城京から離れる、つまり遷都(せんと)を実行しました。
最初は長岡京に都をうつしましたが、その造営を任された藤原種継(たねつぐ)が射殺される事件が起こります。
さらに、この事件が原因で皇太子である早良親王(さわら)が廃位され、亡くなるなどの事件にまで発展しました。
よって再度794年に都をうつしました。この都が平安京です。この出来事を平安遷都といいます。
坂上田村麻呂を征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)にしたのも、桓武天皇です。
坂上田村麻呂も、百済から渡来した人の子孫と言われています。
桓武天皇のとき、最澄(さいちょう)と空海(くうかい)が遣唐使として中国に行き、仏教の新しい教えを日本に伝えています。
その他にも勘解由使(かげゆし)を設置し、国司交代の不正を防ぎました。
健児の制(こんでい)を導入し、農民を兵にするのではなく、志願兵を採用しました。
このようにさまざまな政治改革を行い、そして天皇のまま、70歳で亡くなりました。
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愛知県私立高校入試 豊橋中央高校 社会
2017年11月16日
愛知県私立高校入試, 中学・高校
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w.sanbongi
豊橋中央高校 社会
※2022年1月更新。
歴史は大問が3問~4問でした。基本的にすべての時代を問う総合問題です。
できごとを年代順に並べかえる問題が、よく出題されます。
語句を選ぶ問題より、その語句の説明を選ぶ問題が多いです。
その時代の特徴を問う問題が多く、「適当でないもの」を選ばせる場合も多いです。
愛知県の公立入試では、ほとんど出題されない世界史のみの問題も出題されることも多いです。
地理は大問が1問~2問でした。表や雨温図をを読み取る問題がよく出題されます。
時差の問題もよく見かけます。歴史同様、「適当でないもの」を選ぶ場合も多いので、注意が必要です。
公民はずっと大問が1問でしたが、H30以降大問が2~3問になっており、公民の比率が高まっています。
歴史や地理と比べると、用語を選択させる問題が多いかったですが、最近は文章を選ぶ問題が多くなっています。
歴史の比率が大きいのが、特徴でしたが、H30より公民が増えています。
マークシート方式で、多くの問題が4択です。
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